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その人の、そのときの精一杯

心と体

礼とは、相手を思いやる気持ちや態度のことで、何も形式にこだわる必要はありません。確かに、円滑な人間関係を築く上で形式が必要な場合もあるでしょう。ですが形式や物の値段でその人の精一杯を否定することは、あってはならないと私は思うのです。

 

無礼な態度には、ためらわず一発お見舞いだ

もしもあなたが気持ちを込めて贈ったものが、安物だとか、趣味がどうとか、常識がどうとか相手にケチをつけられたら、

(若く見られるって自慢してるけど、その年齢でフリルにリボン?その感覚の方がヤバイって!)と、例えばこんな風に頭の中で思いっきり相手のことを侮辱しながら、「気に入ってもらえなくて残念だ。確かに君には似合わない、今はそんな気がするよ。」と言ってやるのです。

間違いなく二人の仲は破局です。が、そんなことは気にせず、次の新しい恋を迎える準備ができたと思って前に進みましょう。

 

「いや、ボクは心の広い人間ですから」と思う必要はありません

非礼には、多少軽めでもきっちりお仕置きを加えるのが相手のためになるというもの。ましてや最初から自分に非があったかのような言動は、自分自身のために絶対にとるべきではありません。なぜなら、その後のあなたの恋愛観だけでなく、あらゆる判断基準に大きな悪影響を及ぼすからです。

 

相手の非礼を見逃すことが心の広い人間のとる態度だと勘違いしてはいけません。相手が許しを請うてきたとき、それを受け入れる器がある人こそが心の広い人間と言えるのではないでしょうか。もしかしたら自分に非があったのかもしれないと、自分の行いを振り返ることと、自分に非があったと最初から決め付けて、相手が反省もしていないのに許してしまうことはまったく違います。

 

相手を思うのと同じくらい自分自身のことも大切に扱う

自分さえよければ相手のことなどどうでもいい、というのはただの自己中。これは「男らしさ」をやたら強調したり、軽々しく言う人に多くみられる傾向があります。

一方、相手のためなら自分のことなどどうでもいい、というのは無償の愛。この無償の愛を本当に示すことができるのは、自分自身のことも大切に扱うことのできる凛とした人だけです。一度きりの人生を、その価値を分かち合える大切な人と共に生きたいと思うのなら、先ずは自分自身のことから大切にしましょう。